2011年08月30日

天賦の才 ―西村麒麟

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 天賦の才、というような話題で思い浮かべる俳人は誰だろうか?

 比較的異論の少ない俳人の一人として挙がるのは、星野立子ではないだろうか?あの無理の無いきらめきはまさに天性のものだ。

 さて、ホトトギスにはもう一人の天賦の才を持つ女流俳人が存在した、今井つる女である。

 ホトトギス系の方々はさすがに読み込んでいるだろうけど、今井つる女の句をまとめて読んだ事がないという人は多いのではないだろうか?その事は、つる女の俳句に責任は無い、単に手軽に読めるテキストが無かっただけの話だ、その点この精選句集は四百句以上のつる女の句を読む事ができる、知る人ぞ知る優れた俳人の句が簡単に読めるようになったのだ、さぁ、前書きが長くなった、読み進めて行こう。

片づけて子と遊びけり針供養
雨しげくなりて金魚をかくしけり
虫売に人の流れの止まらず


 まずは初期の三句、僕は平明な俳句を美しいと感じるけれど、平明なだけではどうも感動できない、これらの句はどうだろうか?どれもさりげなく非凡なのである、センスの良い人は大概さりげなくお洒落をするように、一句目、片付けて、二句目、かくし、三句目、流れ、小さな花のように飾られている非凡な言葉、このさりげなさがつる女の品でありセンスでだろう。

 つる女は虚子の姪でもあったため、俳句は常に身近にあった、そういった俳人が得意とするテーマとして「家」が挙げられる、つる女もまた「家」の句の名手だ。

雛菓子のへるばかりなり母の留守
母の守る大きな家や桐の花
風邪の子に八犬伝はむつかしき
あんぱんを食べて夜長の老夫婦


 説明の要る句は一句もない、どこにでもある家庭の日常を描いたものばかりだ、、しかしどうだろう、どの句も幸せが滲み出ているではないか、つる女が詠む事によって、何でもない事が、こんなに輝くのだ。料理の上手な人が短時間でさっと美味しい一品を出してくれるのに似ている、それはまるで魔法のようだ。

 家庭の数だけドラマがあり、虚子の姪であろうと、つる女の家庭が特別なわけではない、しかしつる女は特別、家庭のドラマを楽しむ術を知っているのだろう、そこをつる女は金魚のように優しく掬うのだ。

泳ぎ子の顔いつぱいに笑ひけり
初明かり物の形の生れくる
母と娘の声がそつくり冬仕度
老人は老人を見る落葉降る
病人がハンカチ洗ふよく乾く


 どの句も力が抜けていてすっきりしている、フヌケているのではない、無理に抜いているのでもない、やはり力が抜けている、というのが一番正しい。

 僕はそれを天賦の才と呼びたい、立子の他にも天才が居る、この本を手に取り、確かめてみて欲しい、きっとあなたの好きな俳人が一人増えるはずだ。


posted by ふらんす堂 at 17:34| Comment(3) | 今井つる女『吾亦紅』